郡山の音楽史~何で「楽都郡山」って言うんだっけ?~ ワンステップフェスティバル 昭和編 Vol.2

郡山の音楽史

郡山の音楽史~何で「楽都郡山」って 言うんだっけ?~昭和編 Vol.2

あの日、ここから始まった~伝説のロックフェス秘話!【ONE STEP FESTIVAL】

ワンステップフェスティバル会場

「ワンステップフェスティバル」とは?

1974年8月4日〜5日、同8日〜10日に福島県郡山市開成山公園内の総合陸上競技場で開かれたロック・フェスティバル。
「街に緑を!若者に広場を!そして大きな夢を!」を合言葉に郡山の実業家・佐藤三郎氏が中心となり、プロデュースには内田裕也と石坂敬一、39組の日本ミュージシャン、アメリカからはヨーコ・オノなどが参加し、日本最大のロックフェスティバルと呼ばれた。

■主なアーティスト
米国~ヨーコ・オノ&プラスチック・オノ・スーパー・バンド、つのだひろ&スペース・バンド、沢田研二&井上堯之バンド、ミッキー吉野グループ、加藤和彦&サディスティック・ミカ・バンド、YELLOW、四人囃子、外道 ほか

佐藤三郎氏

佐藤三郎氏

ワンステップフェスティバル(1974年)/佐藤三郎氏提供

ワンステップフェスティバル(1974年)/佐藤三郎氏提供

ポスター『ワンステップフェスティバル』/佐藤三郎氏提供

ポスター『ワンステップフェスティバル』/佐藤三郎氏提供

『ワンステップフェスティバル』についてINTERVIEW

訪れたのは郡山市堂前町にある『OLD SHEP』。こちらの店主・伊藤さんは、学生の頃にバイトで『ワンステップフェスティバル』に参加されたそうです。
福島市在住のシンガーソングライター「MANAMI」さんと、裏方としてイベントを支えた伊藤さんに、当時の貴重なお話をうかがいました!

INTERVIEW

Q 伊藤さんは18(歳)から東京に行かれていたそうですね。東京での学生生活の頃に『ワンステップフェスティバル』に出られてた?

伊藤 あれ74年だよね。私が3年生の頃だから。東京にちょっとしたロック事務所の奴を知ってて、バイトでこないかつってさ、んでバイトで金くれるんなら来るよ。って、三春から毎日通って。他は東京から来て教会とかさ旅館に泊まって。1週間弱やってたんだな。
東京から来たバイトはランク上だからさ。あのステージとか上がれんのよ。Tシャツの色違うからさ。地元のバイトとTシャツの色違うから。バックヤードも行けるしさ。面白かったな。で、結局バイト料は出なかったけど。

えーっ!!

伊藤(実行委員長の)佐藤三郎さんにそれ以降会ってさ、「(バイト料)もらえなかったんだけど」つったんだ。まあでも観れたからな。1 週間。面白かった。
有名なアーティストは色々いたけど、私の記憶では沢田研二、キャロル、オノ・ヨーコの時が一番入ったかな。後はクリス・クリストファーソン&リタ・クーリッジって。私はその人らが観たかったからさ。オノ・ヨーコのバックはすごい人らがいっぱい来てたみたいよ。

Q 山下達郎さんとかも出演してらしたみたいですが。

伊藤 そうだね。あのバンド(シュガー・ベイブ)は面白かったな。あれと、名古屋のセンチメンタル・シティ・ロマンスと(山下達郎の)シュガー・ベイブは上手いなと思った。まあ、みんな上手かったけどね。

Q 元祖野外フェスという話も聞きますが、すごかったのですか?

伊藤 おっきいイベントはそれまであんまりなかったからさ。だからそれ以降は結構日本でも増えたと思うよ。

OLD SHEP[オールドシェップ]

interviewee

OLD SHEP[オールドシェップ]
店主:伊藤さん
住所 郡山市堂前町10-15 カタノビル2F
TEL 024-938-2203

音楽好きな店主が営む、貴重なレコードコレクションの音楽を聴きながら、珈琲やお酒を楽しむことができるお店。アーティストを招いてライブも行われています。

MANAMIさん 《特集取材の感想》

「100万人の大合唱」という自分が生まれる前に作られた作品を見たり、噂では聴いたことがあった音楽フェスを知る方から実際にお話しを聞いて、郡山の歴史や楽都郡山たる所以や理解が深まり、より郡山と音楽が自分にとって身近な存在に感じられたように思います。
今はコロナ禍という事もあり、大掛かりな音楽イベントを駅前や街中で開催するというのは難しい世の中かもしれませんが、駅前にある小さなライブハウスでは毎日のように音が鳴り続けています。郡山の音楽の灯を絶やさぬよう、合唱や吹奏楽以外はもちろんのこと、もっともっと郡山の様々な音楽シーンにスポットが当たり、町ぐるみで盛り上がっていけたらなと感じました。

MANAMI④

 

郡山の音楽史 ~何で「楽都郡山」って言うんだっけ?~ 百万人の大合唱 昭和編 Vol.1